Cafe time*じゃむ〜作る喜び*ヒトリゴト〜
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Bセット
vol.4 2008.3.15
壁はトリハラワレル
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ここ最近、自分の活動するバンドでクラシックを扱う試みをしていて、
しっかり練習したいきもちが芽生え、弾く機会を増やしています。
といっても、育児しつつなので、一日中弾くわけにはいきません。
主な練習時間は、音楽教室や諸用が終ってから子どもが保育園から帰るまで。後は家族が寝た後。
防音室さまさまです。夜中に弾けなかったら、どうしようもありません。
今までの自分の弾くための常識やトラワレを、見つけては修復し、新しくし、
あるいは今までどうもありがとねってお蔵入りすることもあります。
一連の作業はとても愛に満ちています。
まだまだ硬い硬い自分の無意識の殻みたいなものは続々出てくるでしょう。
そういうものはきっと、生きている限り終わらないのです。
あとどのくらい残っているのかわかりませんが、生きている間、自分と向き合い、認めて慈しんでいくことができます。
なるべく長く、できるだけ深く、そういう時間に人生を費やしたい。
そうしていくことで壁は取り払われていくのではないかと思うのです。
壁は対象にあるのではなく、自分が作り出しているものだと。
対象を深く知りたければ、自分を静かに開いて耳を傾けていくことだと。
そして、恐れることなく対象に心身を預けていくことができるようになったときには、意図せずとも対象と一つになれるはずだと・・・。
そういう境涯を求めていけることがどれほどありがたいことなのか。
ようやく気づきました。感謝が尽きません。
音楽がなかったら、自分のココロはどう路頭に迷っていたかしれません。
個々それぞれ大切にしている対象を通して、深く見つめてたゆまず愛しぬくことの強さ。
それにかなうものが、ほかに存在するでしょうか。
創造するというのは、もっとも美しい作業なのかも。
人間てスゴイ。生きてるってかけがえない。
主が死んでも失われないように他の命がそれを伝えていく。
そうやって、たくさんの対象が残ってきて今自分たちの目の前に脈々とあるのだ。
ほんとにすばらしい。
vol.5 2008.4.8
雨だれ
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今日は強い春の雨が降っています。
ショパンのプレリュード Op.28、15曲目。通称『雨だれ』と呼ばれている曲があります。
最近通い始めた生徒の方が、この曲を弾きたいとおっしゃって、私も譜読みしました。
なにしろショパンはほとんど弾いてないのですから、教えることで曲に触れることが出来るのがとてもうれしい*
雨だれっていうからポロンポロン♪って愛らしい曲なのかなと思ったら、そうでもなかった。
そういう雰囲気なのは最初と終わりだけ。中間は力強いフレーズが続きます。
遠近法みたいな感じがするのですね。
雨を遠くから眺め、至近に寄り、また遠から眺めるというような。
私のこの曲に対する解釈は、こんなかんじです。
『お母さんが窓辺から「ああ、雨だなあ。」って外を眺めてる。
温かい室内。ポットの湯気。傍らで眠る赤ん坊。
雨だから出歩くことは出来ない。
赤ん坊が眠っている、つかの間のひとときに、お母さんは無意識のうちに想像を膨らませます。
お母さんの想像は部屋をふわりと抜け出して、近くの山の中へと入っていきます。
地面には、雨粒に打たれてポツポツと頭を揺らす青草。背の低い、小花をつけた地を這う雑草。
合間をぬって雨をよけながら活動する、小さな虫たち。
潤った土からは砂利が洗われて光り、冬の間に落ちて枯れた葉が幾重にも重なって濡れたまま、山の空気を洗っている。
小鳥も木陰で影をひそめ、羽のつくろいに余念がない。
静かで、止まっている様で、それでいて確実に脈打つ命の時間。
空気の匂いに触れながら、お母さんの想像はやがて樹木に行き着きます。
下から見上げる樹木は、互いに枝を縦横無尽に伸ばして、その先に葉を繁らせている。
空は曇っているが、太陽は雲の向こうにあり、葉の形や影、色やざわめきが心に伝わってきます。
降ってくる雨の斜線を顔に受け止めながら、お母さんはそっと目を閉じます。
雨の一降り一降りが、確実に肌に触れる。今自分は青草や小花のように、恩恵を受けている。
小さな無数の恩恵は、お母さんの肌に触れると、温かい息吹となり、こめかみや首筋を優しく伝います。
お母さんはふと視線を幹に落とします。
葉から降りてくる無数の雨粒が流れとなって集まり、くぼんだ木肌をあますところなく濡らしています。
水の流れは、木肌に触れて温かみをおびているように見えるのでした。
水は木肌を伝い、幹を伝い、地面に突き刺さる根へと、たゆまずたゆまず同じ作業を繰り返します。
上から下へ、上から下へ。空から落ちたものが、今このとき、今このときと、地面にたどり着く。無尽蔵にすいこまれていく。
幹はすいこまれた水をまた恩恵として受け取り、下から上へと押し流し、葉を、枝を、繁らせていくのだと。
静かな、しかしなんと力強い営みだろう。
お母さんは幹に注いでいた慈しみの視線を、空のほうへ向けると、なんだか自分もその大きな営みに育まれているように思え、
祝福されているような気持ちになり、自分の元来た道をそっと辿るのでした。
ふときづくと、ポットにはお湯が沸いており、想像は部屋にゆり戻され、
赤ん坊の先ほどと何も変わらない寝息にふんわりとした感情を覚えました。
そしてもう一度窓の外雨に視線を返すと、コンロの火を止めに、赤ん坊を起こさないようそっと立ち上がるのでした。』
vol.6 2008.7.18
初めての楽譜
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大掃除をしていたら、自分が子供のとき初めて使った楽譜が出てきた。
レトロな挿絵に大きな音符。
ページを繰ると、メロディがよみがえる。遠く聞こえる機関車の警笛のように、やさしく懐かしく。
この頃の私は、楽しくオルガンに向かっていた。
聴音(音の聞き取り)や五線譜に書く練習も、へんてこなト音記号やヘ音記号を並べては悦にいっていた。
4歳だったか5歳だったか。
オルガン教室は、通っていた保育園の音楽室で開かれていた。
保育園の隣はナント大相撲双子山部屋!
若乃花・貴乃花のお父さんが猛勢を振るっていて、お遊戯会や、発表会、運動会などの保育園行事に必ず力士が参加していた。
子ども10人相手にぶつかり稽古タイムがあって、大きさといい強さといい、宇宙人のようで謎の存在だった。
その音楽教室は小学生になっても続けることができることになっていて、
小学生になったらオルガンは卒業。ピアノかエレクトーンかに楽器を変更する決まりになっていた。
エレクトーンに憧れていた自分は、当然エレクトーンに進級できるものと思い、一生懸命がんばっていた。
しかし、年長さんになったとき、強い母の要望により、ピアノをやることになってしまったのだった。
この世がおわったかと思うくらい落胆した。
そんなこんなでオルガン教室最後の発表会。
保育園の体育館舞台には、オルガン、ピアノ、エレクトーンが用意されているのだった。
それぞれがならっている楽器を選んで、弾く形式なのだった。
私は、切ない気持ちでエレクトーンの前を通り過ぎ、ピアノを睨み、オルガンのとこへ座り、鍵盤に触れた。
ところが。
あれあれ???
音が出ない!
なんでー前の子が弾いたときはちゃんと出てたのに!
まさかのハプニング。
私は「音が出ない」と舞台袖のセンセイに口をパクパクさせた。
あわてたセンセイが舞台に出てきて、あれこれオルガンをいじくったが、出ない。
ざわざわざわ。
客席からは「かわいそう」とか声がしだした。
それを聞いてたら、本当にみじめな気分になってきた。
涙がじわっと視界を曇らせた。
体育館の一番後ろに、浴衣を着た数人の力士が腕組して立っているのが見えた。
なんか応援する格好をしてくれた。
格好だけじゃなくてなんとかしてよ!と子供の自分はいらいらした。
そのとき、オルガンを下げたセンセイが、いそいそと舞台に戻ってきて、所在無く突っ立っている私にこう言ったのだ。
「よしこちゃん、ゴメンねえ。急に楽器が変わって、うまく弾けないかもしれないけど、エレクトーンかピアノで弾いてくれるかなあ?」
えええー!!ほんと???
お相撲さんパワーか!?
体中が沸騰したみたいに熱くなり、頭はボーっとしてフラフラ信じられない気持ちで一歩一歩、エレクトーンのとこへ。
鍵盤はオルガンよりも平らで軽く、空間のある音がした。
けど、弾きにくかった。
それでもずっとそこに座っていたいと思った。
弾き慣れた曲が、羽が生えた知らない曲みたいに、空気の中に飛んでいった。
たぶんめちゃくちゃだったと思う。
弾き終わって一礼すると、会場からホッとした雰囲気と拍手が帰ってきた。
なんてことを思い出しましたよ。